「歌月十夜」(present by TYPE-MOON) シナリオ 『夏祭り(アルクェイド)』 ----------------------------------------------------------------------------  虫の声が聞こえる。  日中目が眩むほどだった暑さは、夜になる事で幾分涼しくなってくれた。  夏もじき終わりなのか。  夕暮れ頃から吹き始めた風は穏やかで涼しく、華やかでありながら、どこか寂しい趣きを運んでいた。 ————祭りに行こう、と言い出したのは自分だった。  八月後半、今日は花火大会がある日だ。  街はずれにある神社では花火に合わせてお祭りが開かれる。  そこに足を運ぼう、と提案するのはそう意外な事ではなかった。  この街に住んでいる人なら、夏の締めは神社のお祭りと決まっているようなものなのだから。 □遠野家屋敷 「おーい、遅いぞアルクェイド! そろそろ出ないと花火が始まっちゃうだろー!」 「うん、いま行くー!」  屋敷の中からアルクェイドの弾んだ声が聞こえてくる。  祭りに行く、と誘った時、アルクェイドは首をかしげて説明を求めてきた。  そうしてお祭りというものがどういう物か教えてやると、アルクェイドは真っ先に屋敷に来て琥珀さんに会いに行ってしまったのだ。 「……ったく。おまえ、さっきから何度同じ事言ってんだよ」  はあ、と腕を組んで息をつく。  アルクェイドが琥珀さんの部屋に入ってからもう三十分。  もうじきお祭りが始まってしまうというのに、アルクェイドは一行に屋敷から出てこない。 「————お待たせー!」  玄関が開く。 「お待たせー、じゃないっ! おまえ、一体なにし、て———」 【アルクェイド】 「じゃーん! 琥珀に着物借りちゃったー!」 「—————————」  出ようとしていた文句が止まる。  アルクェイドは白い着物を着て、本当に楽しそうに、くるりくるりとステップを踏んでいる。 「えへへ、なんか照れちゃうかも。ね、どうかな志貴? わたしおかしくないかな?」 「あ————いや、どうなん、だろう」  ……おかしいと言えばおかしいのか。  アルクェイドと着物、という組み合わせはとにかくミスマッチだ。  だっていうのに、どうしてこう———目を奪われるほど綺麗だと思ってしまうのか。 「わりと、似合う。……そういうおまえ自身はどうなんだよ。いつもの服に比べると動きにくいだろ、それ」 「うん、ホント言うとちょっと動きづらいかな。けどコレ楽しいよ。なんか別人になった気がして嬉しいし、志貴とおんなじ格好だし」  袖を持ち上げて、くるり、と体を回すアルクェイド。  そうやって揺れている着物を見ると、白いドレスのようだと錯覚する。 「———さ、それじゃ行こっか。お祭り、もうすぐ始まるんでしょ?」  散々こっちを待たせたくせに、アルクェイドは先行して走り出した。 「あ、ちょっと待てってアルクェイド……! もうっ、ホント子供みたいなヤツだなおまえはっ……!」  慌てて白い着物を追いかける。  ……まあ。  その、子供のようにはしゃぐアルクェイドが、俺は一番好きなわけなんだけど。 ————しょうがないな、ほんと。  おかしなカタチになってしまったけど、ともかくアルクェイドに追いつき追い越し、今年最後のお祭りに急ぐとしよう——— □石段  そんなこんなで、日が落ちて神社への道。  高台の上にある神社への階段は長く、周りにはお祭りへ向かう人たちの姿がある。 【アルクェイド】 「へえ、なんか楽しそうだね。こんなに人がいるのに全然イヤな気持ちにならないし、周りもウキウキしてるみたい。なんか人間たちの街の中とは思えないな」  境内から聞こえてくる祭囃子に耳をかたむけながら歩く。  アルクェイドはよっぽどご機嫌なのか、弾むような足取りをしていた。 「お祭りって本当にお祭りだったんだ。ここにあるものみんなが一緒になって踊っているみたいで気持ちいい」  んー、と猫のように背筋を伸ばすアルクェイド。 「え? いや、上で盆踊りをしてるってわけじゃないんだけど——まあ、盆踊りがなくても祭りは祭りか」 「盆踊り?」  なにそれ?とばかりに首をかしげるアルクェイド。 「ああ、盆踊りってのはみんなで輪になって踊ることだよ。……って、そうか。もともとは何かの祭儀的な意味合いがあったのかもな。今じゃそういう雰囲気はなくなってるけど」  ふーん、と考え込むアルクェイド。  なにやら言いたい事でもあるかと思いきや、 【アルクェイド】 「いいや、そんなコトより早く行こっ! お祭り、もう始まってるみたいだよ」  と、元気いっぱいに階段を駆け上がった。 □神社  境内には様々な出店が並んでいる。  わたあめ、金魚掬いから始まって今風のお面屋や射的屋、中にはゲームセンターの一角がそのまま移動してきたような太鼓ゲーム等々、目が眩むほどの賑やかさだ。  そんなワケで、境内は人でごった返していてはぐれないように気を遣う。  だっていうのに、 【アルクェイド】 「ねーねー、あれはなんなの志貴—」  と、店を一つ通りすぎるたびに足を止めるアルクェイド。 「あー、あれは水風船だ。中に水が入っててな、ゴムでバシバシ叩くんだ。あんまし面白くないから次行くぞ、次」 【アルクェイド】 「えー。なんか面白そうだよー。ね、買って買ってー」 「……おまえな。さっきからそればっかりだけど、そんなんじゃ祭りの店ぜんぶ制覇することになるぞ」 【アルクェイド】 「もちろんそのつもりだってば。ここにあるお店、全部で四十ぐらいでしょ? ならあとたった三十っこだねっ」 「だねっ、じゃないっ。……くそ、おまえ俺の財布をすっからかんにする気だろう」  などと文句を言いつつ、 「おじさん、それ一つください。あ、そっちじゃなくてその白い方。そうそうねネコっぽいヤツです」  がま口を懐から出す遠野志貴。  ……ああ、俺もホントに甘いなあ……。 □神社  アルクェイドの露店荒らしは続いていく。  さっきからバシバシバシバシ! と超高速で水風船を叩きながら、ワタアメだの焼きそばだの金魚掬いだのをこなしていくアルクェイド。  こっちはそれを見守りつつ、たまに一緒になって楽しんだりする。 ———そうして、どのくらいの時間が経ったのか。  どーん、という音がして、見上げると空には大輪の花が咲いていた。 □花火 「——————花火だ」  次々と打ち上げられていく色とりどりの火花。 「アルクェイド、花火が始まっ————」  視線を横に移して、声を止めた。 「——————————」  アルクェイドは無言で、子供のように、夜空を染め上げる花火を見上げていた。  ぱあん、ぱあん。  空を焦がす火薬の音。  赤く青く、それこそ雨の川のように煌いていく、一瞬だけの人工の星。 ————それはあまりにも美しく、そして自然にはありえない幻の花だ。  アルクェイドはただ眺めている。  次々と打ち上げられ、そして消えていく明かりの群れ。  そこに、何を見たのかは分からない。  ただ彼女は無言で、遠い故郷を懐かしむように、じっとじっと燃える空を見上げていた。 □夜景  花火が終わって、祭りは急速に熱を失っていった。  祭りも終わり。  あれだけ込み合っていた人波はもう見る影もなく、賑わいの元だった出店も一つ、また一つとたたまれていく。  ……花火が終わって、祭りも終わって、夜もふけて。  華やかな夏の夜は、もうじき影も形もなく消え去ろうとしていた。 【アルクェイド】 「楽しかったね、志貴」  街を見下ろせる神社の裏手。  今では自分たちしかいないこの場所で、アルクェイドはそう言った。 「———そうか? ……うん、楽しかったのなら、よかった」  かみ締めるように応えた。  ……花火を見上げていた時のアルクェイドの顔が忘れられない為だろう。  意味もなく、アルクェイドにとって今日が幸福な時間であった事が、嬉しかった。 「どうしたの? 志貴、なんか元気ない」 「ああ、ちょっと疲れた。なにしろこの人込みの中でひっぱりまわされたからな。まったく、これで次から俺たちは要注意人物として扱われるぞ」  とくに、その正確な指捌きでゲームというゲームを制覇してきたアルクェイドなんかは。 「え———次って、お祭りはこれで最後なんでしょ?」 「ああ、今日で祭りは最後だよ。けど来年になればまたやるじゃないか。夏がくればお祭りはずっと続くよ」 「あ、そうよね! そっか、それじゃ次も志貴と一緒だんだ」  やったー、とはしゃぐ。  その姿を見て、こっちも思わず笑みを漏らした。  ……そう、お祭りはこれでおしまい。  暑かった夏も楽しかった日々も、明日になれば終わってしまう。  アルクェイドと出会って、一緒に戦って、こうして過ごした日々も、いつかは終わるだろう。  自分でも分かっている。  きっと、終わりはそう遠くない事なのだと。  それでも日々が続いていって、アルクェイドと歩いていられるのなら、それを惜しむ事なんて馬鹿らしい。 【アルクェイド】 「ね、志貴、明日はどうしようか? まだ学校は休みなんだから、明日もどこか遊びに行こ」 「そうだな。海……はまずいから山に行こうか。残った日数も少ないし、早くしないと終わっちゃうからな」 「?」  終わる、という言葉に首をかしげるアルクェイド。 「いや、だからさ」  街を見下ろして深呼吸をする。  ……夜の風がわずかに冷たく、汗ばむ体を薙いでいく。  お祭りはこれで終わり。  けれどそれを惜しむ暇なんてない。  日々はずっと続いていくのだし、 「———————夏も、もう終わりだなあって」  季節は、また巡ってくる。  アルクェイドと俺の時間はまだまだ終わらない。  だから今日のこの出来事も、なんでもない一日なのだと思う。  いつか終わりが来て、その時にありがとうと言えるような、眩しい記憶の一つになる。  別れは当然のように来るものだし、それは、いつだって行われる日常だ。  だからこの終わりも、明日になれば輝かしい記憶になるだけの話。 「さ、帰ろっか、アルクェイド」  腰を上げる。アルクェイドは小走りで付いて来る。  そうして、街を見下ろせる高台から、いつもの街中へと帰っていく。 ———————暑かった夏は終わる。  そういう訳で、またいつか。  楽しい時間を重ねていって、その終わりに、もう一度ぐらいこの夏を思い出せますように————